生食禁止

犬山 翔太
 
「大将、マグロちょうだい」
「はいよ」
 いつものように、大将は、寿司を握って俺の前に出した。しかし、そのマグロを見て、俺は、目が点になった。
「大将、このマグロ、焼いたの?」
「そうだよ。あれっ、ニュース見てないの?」
「うん」
 俺は、この一週間、仕事が忙しくてテレビを見ている暇はなかった。携帯でチェックしようと思えばできたのだが、それすら面倒で見てなかったのだ。
「昨日からマグロの生食が禁止になったの。完全に火を通して出さなきゃいけなくなった」
「おいおい、いい加減にしてくれよ。先月、ヒラメの生食が禁止になったばかりじゃないか」
 かつては、生もので食中毒を起こせば、その店が営業停止処分になっていただけだったが、最近は、食中毒を起こした生もの自体の生食が禁止になるように変わってきた。
 そのきっかけは、人間国宝になった偉い人が二人連続で生食による食中毒で亡くなってしまったことである。
「ほんとに困ったもんだよ。俺たち寿司屋にとっちゃ、死活問題なんだからさあ。もうちょっと、規制を緩くしてもいいんじゃないかねえ」
「俺もそう思うよ。禁止するのは、生牡蠣くらいでいいんじゃないかってね」
 俺は、一度生牡蠣であたったことがあるので、あれからは怖くて生牡蠣を口にできなくなった。だが、それ以外では、まだあたったことがない俺にとって、生ものの寿司が食べられなくなることに納得できなかった。
「それで、今、生で食べられるのは、何があるの?」
「聞いて驚いちゃいけないよ。もうカッパ巻きだけさ」
「おいおい、それは、野菜じゃないか。つまり、魚介類は、全滅ってわけか」
「そういうこと」
 大将は、悲しげに笑った。
「でも、最近は、別の素材を使って刺身そっくりの外見と食感を出せるから、それで代用できそうだよ」
 大将は、さっきは焼きマグロを出して悪かったね、といったふうに、俺の前に、今まで見慣れたマグロの握りを置いた。
「これが偽物なの?」
「そう、マグロの刺身そのものだろ?市場で仕入れてくるんだけど、いったいどうやって作ってるかは謎。仕入れも、今までのマグロと同じ値段なんだ。大トロになれば高価でね」
「へえ、そうやって、今までどおり商売ができるようになってるんだね」
「まあ、うまくできてるもんだよ」
 俺は、大将の握ったマグロを口に運んだ。
「うまいねえ。本物そっくりだよ」

 その半月後、俺は、ニュースで寿司を素手で握って販売することが禁止になったことを知った。どうやら首都圏の寿司屋で、店員が素手で握ったことが原因で食中毒になったため、全国で一斉に禁止となったようだ。
 俺は、慌てて、あのなじみの寿司屋へ行った。
「大将、大変だね。素手で握ることすらできなくなるなんて」
「そうなんだよ。今はこれだよ」
 大将は、分厚いゴム手袋で寿司を握っている。
 俺は、大将がぎこちなく握った偽物のヒラメの握りを素手で食べようとした。
「ちょっと、待った。寿司は、素手で食べないでくれよ」
「ええっ、寿司は、素手で食べるのがこの国の文化ってものでしょう」
「残念だが、それも同時に禁止となったんだよ。警察に見つかっちゃ逮捕されてしまうよ」
 そう言われて、俺は、しぶしぶ箸で寿司を食べた。
「ここまで禁止されると、逆に生魚を獲って食べたくなるんだよね。今度、夜釣りをして刺身を食べようかな」
「それは止めないけど、気を付けた方がいいよ。昔は、釣りと言えば、趣味の一種だったけど、今じゃ犯罪だからね」
 大将の言う通りではある。生魚を食べてはいけない、ということで個人で魚を釣ったら、懲役3年の犯罪だ。しかも、この国の西半分は、巨大な原発事故や核実験によって、放射能の濃度が基準を大きく超えているため、健康被害も覚悟しなければならない。
「大丈夫だよ。俺が釣りをするのは、警察の目なんて、まず届かない郊外の海岸だよ。そんなの、絶対見つかったりしないから」
 俺は、翌日の夜、人気のない海岸の堤防で夜釣りをした。昔取った杵柄で、よく釣れる場所を知っていたからだ。
 予定どおり、大漁だった。それもそのはずである。今や、刺身は、すべて偽物なのだから、本物の魚は、以前に比べて獲られなくなっているのだから。
 俺は、数十匹の魚をクーラーボックスに詰め込んで、自宅に持ち帰った。
 そして、包丁で裁き、酒を飲みながら刺身を口にした瞬間、警察が踏み込んできた。
「生魚食の現行犯で逮捕する」
「どうして、ここに」
「お前のように、海で魚を獲って、生で食べようとする者が後を絶たないから、数多くの魚に特殊なセンサーを組み込んであるのだ」
 俺は、警察官が手錠を出している間に、口の中にあった刺身をゆっくり味わってから飲み込んだ。





(2013年1月作成)




犬山ノート:
 様々な加工食品が出てきて、本物と見分けがつかない料理も、よくテレビで紹介されています。逆に自然の食べ物の方が安全でなくなって、衛生面の発展とは逆に人間の免疫力もどんどん落ちてきて、化学物質も蔓延し、アレルギーが問題化しています。
 かく言う僕も、軽いながら、いろんな食べ物アレルギーがあります。昔に比べて、よく食べ物にあたるようにもなりました。そんな傾向が進んでいけば、このストーリーのような状況になるのでは、と考えました。



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