身に覚えのない電話

犬山 翔太
 
 俺は、職を転々としている。ということは、頻繁に引越しをしているということだ。
 引越しをすると金がかかる。住めば都とは言うももの、落ち着くまでがいろいろと大変だ。様々な手続きは面倒だし、近所の様子もなかなか把握できない。
 以前は、引っ越した隣のビルがカルト教団で、夜中も物音に起こされる日々が続いたことがあった。道理で過剰に安い物件だったはずだ。

 引越しばかりしているといろんな失敗を通して、要領が分かってくる。その中で一番迷うのが、引越し先に電話をつけるかどうかだ。 
 最近は、自宅に電話をつながず、すべて携帯電話で用を足している人も多いらしい。
 確かに外出の多い人なら、わざわざ自宅に電話をつける必要は薄くなっているのかもしれない。だが、俺は、引っ越すたびに自宅へ電話をひいてきた。
 長電話するには自宅の電話の方が勝手がいいし、充電を気にすることもない。
 ただ、引越しするたびに電話番号が変わるのが厄介だ。携帯電話のようにどこにいても同じ番号ならいいのだが、自宅の電話番号には市外局番がついていて、そのまま引き継ぐことができない。
 それでも、俺は、電話をつけないと落ち着かないのである。

 今回の引っ越しで変えた番号にはやけに電話がよくかかってくる。しかも、同じような切り出しでいろんな人からかかってくるから、たちが悪い。
「川口さんのお宅ですか?」
 俺の名字は、川口である。なのに、電話をかけてくる相手というのが、俺とは全く無関係のどこの馬の骨とも分からない人々なのである。
「はい、川口ですが、どちらさまでしたでしょうか」
 聞き覚えのない声が驚いたように答える。
「どちらさまって、俺だよ。大学で一緒にラグビーをしてた森だよ」
 残念ながら大学でやっていたのはテニスで、ラグビーなど生まれて一度たりともやったことがない。
「おかしいなあ。確かに声は、どこか違うな、と思ったんだけど」
「私は、あなたが言う川口さんとは全くの別人ですね。人違いかと思います」
「でも、君の家族に川口健太という男はいないのかな」
「ええ。私は、一人暮らしですし、実家にいる父親は権蔵ですし、兄弟もいません」
「おかしいなあ。どうもありがとう」
 これで話は終わりである。
 こういう電話が一度きりであれば、単なる間違い電話で済ませられるだろう。だが、いろんな人から川口健太宛てに電話がかかってくるのである。
 なのに、俺は、健太という人物を全く知らない。親戚にはそんな名前の男はいないし、生まれてこの方、川口健太という名の人物に遭遇したことがない。子供の頃、ケンタという犬を飼っていたことはあるが、犬宛てに電話をかけてくるなんてありえない。

 かかってくる数々の電話から俺が推測する川口健太という人物は、三十代半ばで妻はいるが子供はまだいない。大学時代にラグビーをやっていて、その当時の仲間から今でも遊びの誘いが来る。現在も交友関係がかなり広く、学生時代の友人をはじめ、仕事関係の電話もたまに入ってくる。どうやら、今は食品関係のメーカーに勤務しているようだ。
 俺と同じ名字で俺のところに電話がかかってくるのに、俺は、全く彼の存在を知らない。
 何か気持ちの悪いものを感じた俺は、評判のいい興信所に調査を依頼した。
 結果はすぐに判明した。
「川口健太さんは、今、隣の県で暮らしています。以前はこの街に住んでいました。そのときの電話番号が今のあなたの電話番号だったわけです。つまり、たまたま名字が同じ人があなたの電話番号を過去に使っていた。ただそれだけのことです」





(2010年12月作成)




犬山ノート:
 私は、学生時代から合計6回の引っ越しをしているのですが、引っ越しをするたびに電話番号が変わるため、様々な間違い電話を受けてしまいます。真新しい番号を交付せずに、古い空き番号を使い回ししていることから起きる弊害ですが、さすがに何度もかかってくると閉口してしまいます。
 どうにかならないものかと思いつつ、偶然が偶然を呼べば、このストーリーのようなことも起きてしまうかもしれません。


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