しつけ

犬山 翔太
 
「どうしてそんなこともできないんだ、お前は」
 エス氏は、子供を何度も殴った。遊んだおもちゃを片づけるように言ったにもかかわらず、一向に片づけようとしないからだ。
「だって、またあとで遊ぶつもりだったんだもん」
「また、そんな口答えをする。今朝だって、ご飯をこぼさずに食べる約束だったのに、できてなかったじゃないか」
 エス氏は、子供を蹴飛ばした。
 他人から見たら虐待と言われるかもしれない。だが、エス氏としては、しつけのつもりなのだ。

 両親から激しい暴力を受けて育ったエス氏は、自分の子供にも暴力を振るうようになった。体育会系の部活動で上級生が下級生に暴力を振るうのが代々続くのと同じように、家庭でもそれは続く。

 21世紀に入ってから50年たった今も、虐待の件数は増え続けている。それもそのはず。
 ほとんどが核家族で近所付き合いも希薄で、家の防音壁も進化している。家庭内の出来事を他人に知られることはまずないのだ。

 そして、エス氏の妻は、毎日仕事で忙しい。土日も、あまり休まずに家計を支えてくれる。逆にエス氏は、専業主夫として育児に精を出す役割である。
 昔ならこんな家庭は、ごく少数だったそうだが、現在では9割以上の家庭が妻が外で働き、夫が家事と育児をこなす。
 夫婦の分業が完全に逆転したから、エス氏のような性格の男には災いとなった。好きでもない育児を押しつけられ、家にこもっていると、そのストレスのはけ口がどうしても子供に向かってしまう。

 エス氏は、蹴飛ばして倒れた子供をさらに踏みつけようとしたとき、外から数人の警察官が乱入してきた。
「児童虐待の現行犯により、あなたを逮捕します」
 抑えつけられ、手錠をかけられたエス氏は、あせった。
「待て、これは虐待ではない。プロレスごっこをして遊んでいただけだ」
 エス氏は、とっさに嘘をついた。しかし、警察官は、軽く微笑みながら返す。
「どんな言い訳をしても無駄です。既に証拠がありますから」
「どうしてそんなことが分かるんだ。俺が子供に虐待を行っていた証拠など、どこにもないだろう」
「残念ですが、しっかり残っています。世間には知られていませんが、法律により、5年前から出生するすべての子供に、超小型の監視チップが埋め込まれるようになっています。体のどこに埋め込まれているかは申し上げられませんが、暴力を受けると、映像と音声が記録されて、警察署に送られてくるようになっています」
「そんな……。俺は、刑務所に入れられるのか」
「当然です。しかも、あなたの場合、懲役17年になります」
「今の段階で、どうして刑期が分かるんだ。裁判で争うことだってできるだろう」
「残念ですが、現行犯逮捕の段階で確定です。こうした罪を犯した場合、再犯の可能性が高いため、子供が成人になるまで出所することはできません。つまり、あなたの子供が3歳ですから、あと17年です。その期間、あなたは、親として正しく子供に接することができるように、しつけを受けることになります」






(2010年11月作成)




犬山ノート:
 最近は、虐待のニュースを聞かない日はありません。複雑な家庭だけでなく、ごく一般的な家庭でも起こるようになってきました。核家族化、お金ばらまきの子ども手当て、長時間預かってくれる保育所、男女平等の思想などによって、閉ざされた家庭がお金で子供を育てられる時代になりつつあります。
 そして、社会構造の変化により、希薄になった親子関係が虐待を生む必然。それを変えるには、昔のように母親が家でしっかり子供を育てる時代に戻すか、虐待をすべて感知できるシステムを作りあげるしかありません。前者へ進んでもらいたいのですが。


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