極限

犬山 翔太
 
 地球との交信が切れて、今日で3週間になる。私たちは、プチル星に向かう途中、宇宙船の故障により、どこに向かうでもなく宇宙空間を漂っている。いわゆる宇宙遭難である。
 電気系統がすべて故障し、地球との連絡が全くとれなくなっただけでなく、宇宙船の進行制御もとれなくなった。つまり、私の乗っている宇宙船は、10人の宇宙飛行士を乗せたまま、暗黒の中でただひたすら地球からの助けを待っているのである。

 ただ、問題なのは、地球からかかる時間である。おそらく最新鋭の宇宙船で地球を出発しても約2カ月はかかる。最悪の場合、まだ40日近く待たなければならない。
 そこで問題になってくるのは、食料である。こういうときに備えて備蓄食料はあり、尿から水を再生する機械もあるので、あと10日くらいは持つだろう。
 しかし、その後は、飢えとの戦いである。ただでさえ、この無重力空間に長期間いるため、体は弱っている。このままでは、地球からの助けが到着するまでに、全員が餓死してしまうだろう。

 毎朝、船長から健康状態の聞き取りと食料の給付がある。四方八方が暗闇の中、朝が分かるのは、宇宙飛行士の何人かが時計を持っているからである。宇宙遭難10日目からは、事態の長期化に備えて、食料の給付が半分になった。それでも、誰からも文句は出ていない。
 全員がこうした宇宙遭難に備えた訓練を受けてきているだけに、統制がとれているのだろう。

 だが、私は、もはや耐えられる限界を超えようとしている。何せ、これが私が宇宙飛行士として初めての任務である。初経験がこんな宇宙遭難になるとは、運が悪いにもほどがある。
 周囲の宇宙飛行士も、一番若い私を気遣って、しきりに声をかけてくれる。しかし、それでも私の心は晴れなかった。
 毎朝、私のところに来る船長も、いくぶん疲れが見える。
「船長、外の状況は、どうなってるんでしょうか」
「望遠鏡で見る限り、助けに来てくれるであろう宇宙船の姿はまだ見えない。今は我慢のときだ」
「でも、もう限界です。宇宙のどこにいるかも分からない状態で、本当に助けてもらえるんでしょうか」
「大丈夫だ。必ず助けは来る。今はそう信じることしかできない」
 船長は、宇宙遭難経験があり、既に10年以上宇宙船に乗り続けているだけに、冷静である。
 しかし、その他の宇宙飛行士は、最高でもまだ宇宙飛行8回目という若い人ばかりである。特にまだ1回目の私は、食料が尽きた後のことを想像すると、とてもじゃないが冷静ではいられない。

 そして、宇宙遭難後4週間がたった。食料は、あと3日分しかない。我慢の限界を超えてしまった私は、あってはならぬ考えに頭を支配されていた。
 3日分の食料を1人占めにすればいい。そうすれば、10人分の食料で3日間だから、私1人が食べていくなら約1カ月間持たせられる。地球からの助けがその頃に来ると想定すれば、私1人だけが助かることができるのだ。

 これまで4週間をともに過ごした仲間への裏切りになるが、自分が死んでしまっては元の子もない。私は、ついに決断した。
 船長の目を盗んで調理場へ入り、果物ナイフを持ち出して、その足で食糧庫へ向かった。
 幸いにも、食料庫の前には、誰もいなかった。私は、食料庫の中に忍び込み、1人なら30日間食べていける食料が残っているのを確認すると、食料庫の入り口で果物ナイフを手に身構えた。

 そのとき、宇宙船の端の方で大きな声が聞こえた。
「おい、助けが来たぞ。あれは、間違いなく地球からの救急隊だ」
 おー、という歓声がところどころで上がった。
 私の全身から力が抜けていき、私は、果物ナイフを床に置いて、他の宇宙飛行士たちの元へ急いだ。
 そして、窓から外をのぞくと、確かに遠くから2艘の宇宙船が近づいてきている姿が見えた。
 私は、助かったのだ。

 私は、救急隊が乗ってきた宇宙船の中で健康診断を受け、そのままプチル星へ向かうか、地球へ戻るかの判定を待った。
 私は、幸いにも健康状態良好という結果だった。だが、なぜか地球へ戻る宇宙船へ振り分けられた。
「私は、こんなに健康なのに、どうして地球へ戻らなければならないのですか?」
 私が救急隊の医師に尋ねると、医師は、哀しそうな目でつぶやいた。
「確かにあなたの体は健康ですが、精神状態は全く健康ではありません。宇宙船には充電式の隠し監視カメラがついていますが、あなたは、我々が助けに来る直前に、自らだけが助かろうという行動を起こしていました。よって、宇宙飛行士に不適格とみなされ、宇宙飛行士の資格はく奪となったのです」






(2010年10月作成)




犬山ノート:
 世界中を震撼と、そして、感動に巻き込んだチリの鉱山落盤事故。地下約700メートルに閉じ込められた人々の統制力と、それを救出する技術に感嘆させられました。
 それにしても、もし自分が水も食料もほとんどない地下に長期間閉じ込められたら、と想像すると、私の精神力ではとてもじゃないけど、耐えられないでしょう。
 また、仮に自己中心的な考えをする人が1人でもいたら、この話のような展開にならないとも限りません。



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