援助

犬山 翔太
 
 いつもは、メールしかしてこない紗枝が電話をかけてきた。いつもと違うことをされると、奈美も、少し心配になる。小学生時代からの親友だけど、こんなに暗い感じの紗枝は、初めてだった。
「聞いてほしいお願いがあるんだけど」
 深刻な声は、少し震えている。紗枝は、いつも陽気で活発な女性だ。女性なのにバイクに乗って遠出をしたり、ウィンドサーフィンに凝ったりと男勝りな性格なのに。
 待ち合わせの喫茶店に入ると、先に紗枝が来ていて、雑誌を見ながらちびちびコーヒーを飲んでいる。奈美が来たことにに気づいて上げた顔は、いつになく沈んでいた。
「どうしたの。急にお願いだなんて」
「うん。ちょっと言いにくいんだけどさ。あたし、ギャンブルにはまっちゃって……」
 それだけで、何が言いたいか大体察しがついた。
「ギャンブルと言っても競馬だけなんだけど、初めて買った馬券が大当たりしてさ。やめとけばいいのに、それから次から次へと買うようになったの。それで、負けが込んだらサラ金で借りてまでやるようになってしまって……。気がついたら借金がかさんじゃったのよ」
 そう言えば、紗枝は、昔から好きなことにのめり込むことがあった。中学生の頃、人気アイドルに熱をあげて、グッズを買い揃えるために小遣いを使い果たして、ジュースさえ買うこともできず、おごってあげたことがあった。
「で、全部返済するにはいくら必要なの?」
「それが……。五十万円なんだ」
 驚くほどの金額ではなかったが、結構な金額でもある。
「やっぱ駄目、かな」
 これまで、紗枝にはいつも助けられてばかりだった。小学生時代にいじめられていたときも、いつも私をかばってくれたのは紗枝だったし、勉強で分からないことがあったとき、親身に教えてくれたのは紗枝だった。
「大丈夫、それくらいなら何とかなるわ」
 それは、本音だった。奈美は、夫と共働きで子供もいない。だから、既に貯金は一千万円近くある。そのうちの五十万円は痛くないわけではなかったが、家計を圧迫するほどの額でもなかった。
 将来、子供ができたときのために、と家計を切り詰めて貯金はしているものの、子供は一向にできそうになかったし、このまま子供ができないなら、別にこれといった使い道も考えてないのだ。
 奈美は、近くの銀行に立ち寄って、いつも持っていたカードで五十万円を引き出した。そして、再び喫茶店に戻ると、待っていた紗枝の前に置いた。
「ありがとう。一年くらいかかるかもしれないけど、必ず返すから」
「いいわ、今回は、返してもらわなくても」
「えっ?それは……、いくらなんでも駄目でしょ」
「いいの、いいの。お金っていうのは、こういうときのためにあるんだから。友達が困っているときに助けてあげるのは当然でしょ?」
「でも……」
「もちろん、今回が最初で最後よ。紗枝も、これで凝りて、もう二度とギャンブルに手を出さないでね」
 紗枝は、真剣な顔でうなずいた。

 しばらくして、奈美は、紗枝と共通の友人に会う機会があった。
「ねえ、最近、紗枝は、ギャンブルやめてる?」
 奈美は、さりげなく紗枝の話題を出してみた。
「紗枝がギャンブル?」
「うん、ちょっと前まではまってたって」
「紗枝とはよく遊ぶけど、そんな話は一回も聞いたことないわ。何かの間違いでしょ。紗枝は、ここ二年くらいは料理にはまってて、それ以外のことにはお金を使ってないはずよ」
 奈美も、紗枝が料理にはまっているのは知っている。確かに、急にギャンブルだの、サラ金だのという話を持ち出してくるのは、よく考えてみると不自然だった。
 奈美は、今度は逆に紗枝を呼び出して問い詰める方だった。紗枝は、奈美がすごい剣幕で問い詰めるとあっさりと口を割った。

 奈美が次に問い詰めるのは夫だった。
「あなた、いくら何でも、あたしの友達を使ってお金をもらおうなんてずるいじゃない!」
 ばれたか、という顔をしながらも、夫は、開き直る。
「だって、直接言ってもくれないだろ?」
「紗枝から受け取った五十万円、返してちょうだい」
「勘弁してくれよ。せっかく稼いでも、お前はいつも子供のために、子供のために、ばかりだから。いつ子供ができるかも分かんないのにさ。それに、もう十万円くらい使ってしまったよ」
「よくそんな簡単に使えるわね。せっかく稼いだお金なのに」
「たまには、俺もぜいたくがしたいんだよ。大体、毎月の小遣いが五千円っていうのはひどすぎるじゃないか」
 夫の言い分ももっともだ。共働きなのに、家計のすべてを奈美が握り、夫の小遣いをあまりにも厳しく管理してるってことが問題だったのかもしれない。
 紗枝も、かつていじめられていた奈美を助けたように、奈美にいじめられている夫を助けようとしただけなのだ。紗枝は、そういう優しさをいつも持っているのだ。
 許そう、夫も、紗枝も。奈美は、心に決めた。ときには寛大さも必要だ。それに、去年、奈美が夫に内緒で買った百万円のネックレスに比べれば、額も半分なのだから。






(2010年6月作成)




犬山ノート:
 バブル崩壊後、20年以上も続く不況。さすがにこれだけ不況が続くと、実際はこれが不況なのではなくて、普通の景気なのではないかと思えてきます。バブルがあまりにも派手な好景気だっただけに、日本人の感覚が麻痺してしまっていたのかもしれません。
 そういう不況下で最近は、節約や経費削減など、昔は気にも留めていなかったことまでしなければならなくなりました。共働きが増え、ますます夫の立場が弱くなる中で、夫の小遣いは減らされる一方のようです。少しでも贅沢な生活をするには、いろいろ知恵を絞らなければ実現しない世の中になりました。



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