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飽食が生んだ罠

犬山 翔太
 
 今は、飽食の時代である。それなりに仕事をして、贅沢をしなければ、毎日満腹になるまで食事をとることができる。
 店の食料品売り場では、毎日、大量の賞味期限切れ商品が廃棄処分となっていく。捨てるのをためらって賞味期限を書き換えれば、世間からこっぴどく叩かれて、経営が傾いてしまうほどだ。
 「もったいない」が美徳とされた時代は、もはや終わったのだ。
 私は、そうやって自分を納得させるようにしている。かつて、祖母は、私が食事を少しでも残すと「もったいない」と言って怒った。カビの生えた餅も、「カビを切り取って洗ってしまえば大丈夫」と言って食べさせられたものだ。テーブルに並ぶ醤油の瓶は、賞味期限が一年前だったりした。
 むやみに捨てない。それが「もったいない」の精神でもあったのだ。
 しかし、今は、大量に食料品を生産し、そして、消費し、残ったものは廃棄していく。欧米型の食事体系がエスカレートし、人々の肥満度は、年々増すばかりである。
 私は、この食料品メーカーの開発リーダーとして、人々の飽食を逆手にとった製品を開発した。
 完成した日の夜、立ち寄った居酒屋で、これまで一言も文句を言わず働いてきた私の部下が質問をしてきた。
「ほんとにこんなものが売れるんですか」
 私にとっては、聞き飽きた問いかけである。上司や他部署の者から散々投げかけられたからだ。
「ああ、売れるさ。売れる条件が揃っている」
「確かにおいしいことはおいしいのですが、とびきりおいしいというわけではありませんよ」
 その言葉は、僕ならもっとおいしいものを作りますけどね、と言っているように聞こえて、私は、少し厳しい口調に変えた。
「味は、この程度でいいんだ。食べ過ぎても困るからな」
「確かにダイエット食品として売り出すからには、食べ過ぎて太ったとなっては洒落になりませんよね。でも、心配ですね」
 私としても、部下が心配するのも分からぬではない。ただでさえ不景気が長引いている。売れなければ、会社に大きな損失を与えることになるからだ。
「大丈夫だよ。実験結果を大々的に公表するから。たとえば、70キロあった女性がこれを毎朝朝食代わりに食べ続けただけで1ヶ月で15キロやせて55キロだ。それも、1人や2人ではない。100人中100人が同じような結果だったのだから。あとは、どれだけインパクトのある宣伝をできるかだ。この国の人々は、ブームに乗りやすい。うまく宣伝すれば、すぐ広まるはずだ」

 私は、知人を通じて、現在、売り出し中の女性アイドル歌手にこの製品の効果を検証させ、テレビやネットを通じてその効果を大々的に広める作戦をとった。効果は、すぐに結果として出た。
「リーダーのおっしゃる通りです。全国各地から注文が殺到しています。生産が追いつかないくらいです」
 あの夜、心配そうに質問してきた部下は、ここのところ瞳を輝かせている。
「ありがたいことだ。全国の食料品店で売り切れが続出して、半月待っても手に入らないという嬉しい苦情で溢れている」
「それにしても、こんなに売れてしまっていいんですかねえ」
 心配症な部下である。常に失敗することを前提にしているかのような話し方をする。こういう男は、何事も無難に無難にと考えながら、一生、平凡なサラリーマン生活を送って行くにちがいない。
「いいんだよ。しかし、この食品を食べ続けると、体質が変化して、体が全く栄養分を吸収しなくなってしまう。つまり、この食品によって体質が変化した者は、何を食べてもやせ衰えていずれは病気になり、死に至ってしまう」
「はあ」
「そこで、次の商品が出番となる。私が今度、開発した『栄養を吸収しやすい体質に改善する食品』だ」
「しかし、それも考えものですよね」
「ああ、これを食べた者は、体質がまた変わってしまって、また元通りの肥満体型に戻って行く」
「それなら、一緒に食べればと思いつく者もいるんじゃないでしょうか」
「残念ながら、それはできんのだよ。これを一緒に食べると、その食品同士で化学反応を起こして、体内で有毒物質を生み出してしまう。だから、片方を食べたらもう片方を食べるまで必ず一週間以上、期間を空けないといけないんだ」
「すると、リーダーが作り上げた食品は、永久に売れ続けるわけですね」
「まあ、そういうことだ。人類が絶滅したくなけばね。飽食の時代が生んだ一つの罠さ」





(2010年5月作成)




犬山ノート:
 長年にわたって不況と言われながらも、他の国に比べると日本には安くておいしい食べ物が溢れています。それゆえに、少し古くなった食べ物はすぐ捨てられ、賞味期限改ざんが社会問題化したり、物をほしがらない若者の増加がニュースになっています。
 そういう時代になって、人々は、現状の衣食住に満足するようになったからこそ、不況が長引くのは必然でもあります。少なくとも、昔のように裸一貫から事業を起こして経済的に大成功を収める、という人々が大量に出る時代ではなくなりました。でも、そういう時代を利用すれば、まだまだビジネスにチャンスはあるのでは、というのも一方では感じています。



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