人間採点機

犬山 翔太
 
 「受験戦争」という言葉が生まれたのは、20世紀の後半である。
 それでも、最初の頃は、高校受験や大学受験くらいが話題にのぼる程度だった。
 だが、そのうち、中学校受験、小学校受験、幼稚園受験までもが常識となって、いつのまにか試験で点数を取ることのみがもてはやされる時代になったのである。
 入社試験も、同じである。高卒で就職する場合は、高校1年生から就職活動を始めなければいけなくなった。当然、大卒で就職する場合は、大学1年生からである。

 22世紀に入った今では、人間採点機により、人間のすべての言動が点数として表われる。国によって多少の違いこそあれ、人間の価値は点数によって決まるのである。
 そのため、昔のように、男18歳・女16歳で結婚できるようになって、20歳で成人になって選挙権がもらえるなどという一律の決まりはない。
 生まれてから蓄積した点数によって、8歳で選挙権をもらえる者もいれば、50歳になっても選挙権をもらえない者もいる。
 結婚は、さすがに肉体的な発育も絡んでくるので、15歳未満で結婚が認められる例は少ないが、70歳になっても未だ結婚不適格で、結婚を許可されない例は数多い。

 それもこれも、すべて人間採点機が人間の評価を管理しているからである。まさに究極の競争社会なのだ。自らに合った能力を早く見つけ出せた者は、多くの点数を稼いで成功者となれるが、それを見つけ出せなかった者は、落ちこぼれとして一生を終えることになる。

 私は、まさに落ちこぼれの人生だった。小学校受験までは順調に合格してきたものの、中学校受験に失敗して1年浪人したのがケチのつきはじめだった。
 その後、高校受験では3度失敗した。勉学では劣っている分、スポーツに能力があるのではないかとサッカーに打ち込んだものの、サッカーでもレギュラーになる点数には達せず、挫折を経験した。
 音楽や絵画など、芸術面での能力があるかもしれない、と挑戦してはみたが、いずれも低い得点しか得られなかった。どうやら芸術の得点は、採点機を作成した人々の主観がかなり入り込んでいるようで、批判が多い。そんな採点機の癖をうまく利用した者が高い得点を得られるようだが、私にはそのコツがずっとつかめなかった。

 三十歳でようやく大学を卒業した私は、地元の商社に入り、地道に働き続けた。しかし、5年働いても、10年働いても、一向に昇進得点を超えないばかりか、結婚する得点にも達しなかった。
 私は、結婚して子供を作り、プロスポーツ選手に育てるという夢があったため、人間採点機相談センターを訪れた。

「私は、結婚して子供を作り、夢を子供に託したいのです。どうすれば、それが可能なのでしょうか?」
 相談センターの職員は、事務的な笑顔を作った。
「これは、最もよくこちらに寄せられる質問です。昔であれば、何の能力もない人々でも、子供を作って育てていましたから、疑問が湧くのでしょう。昔と違って今は、何らかの能力が全体の上位10%以内に入る者しか結婚は認められません」
「ということは、私の能力は、どの分野においても、全体の上位10%に入っているものはないということですか?」
 職員は、少し困ったような顔をした。
「申し上げにくいのですが、おっしゃる通りです。あなたは、これまでやってきたサッカー、音楽、絵画、勉学、商才などにおいて、いずれもよくて真ん中あたりです」
「ということは、一生、結婚することも、子供を作ることも無理ということですか?」
「現状ではそうなります。しかし、仮に何らかの能力を開花させれば、上位10%の中に入ることはできるかもしれません。それが何かは、私にも分かりかねますが」
 人は、誰しも1つくらいは周囲の他人より優れたものを持っているという。しかし、それを見つけられる能力があったなら、こんなに苦労はしていないはずである。私にはそれを見つける能力すらないのだ。
「そんな……。どうしてこんな社会になってしまったのか……」
「競争社会のなれの果てですよ。人々が競争に勝ち抜いて豊かになることを優先させてきたあまり、競争から落ちぶれた者が仕事に打ち込まず早々に結婚して子供を作る一方、競争をある程度勝ち抜いていく者たちは仕事に打ち込み、晩婚化、あるいは非婚化の道をたどりました。政府は、慌てて出産や子育ての高額手当てを支給しましたが、お金目当ての無能な夫婦の子供が増えただけでした。その結果、能力のない子孫ばかりとなり、国力が衰退したのです。
 その反省から、国は、人間採点機で上位10%にしか結婚して子供を作る権利を与えないことにしたのです。しかも、3人以上作るには上位5%、5人以上つくるには上位3%に入らねばなりません」
 私は、納得がいかなかった。理論的ではあるが、あからさまな差別とも言えなくないではないか。
「私は、生真面目で、家庭的な性格で、付き合っている彼女もいて、子供が大好きで、1人くらいなら育てる財力もあります。それでも、例外として認められないのですか?」
「そうです。我々が人間採点機の通りに行動しなければ、国力が衰退し、いずれ国が滅びてしまいます。残念ですが、あなたがいくら望んでも、結婚することも、子供を作ることも許されません。すべては国のためなのです」
 私の目の前には絶望が広がり、もはや人生に何の希望も見当たらなかった。
「そうなると、もう……」
「あなたは、今、人間採点機の得点を無視して、強引に結婚して子供を作ることを考えませんでしたか?」
「ええ。そうするしか手段が……」
「駄目です。そんなことをすれば、あなたと結婚相手は死刑、子供は一生、保護施設入りとなります。もはや、人間採点機に逆らうことは断じて許されないのです。あなたが幸福になるには、このまま地道に生活し続けるか、何かの分野で努力して上位10%に入るしかありません」






(2010年3月作成)




犬山ノート:
 日本は、受験社会であり、就職するまでは試験の得点によって何事も決められていると言っても過言ではありません。しかし、実際、社会人になってしまうと、必要なのは試験の得点ではなく、決断力や先見性、会話力、協調性など、試験とは無関係な部分が大半です。
 そういうものをモチーフにしつつ、五輪でのフィギュアスケートの不可解な採点基準や政府が少子化対策として国民不支持な状態で打ち出した泥縄式の愚策「子ども手当て」などを考えながら、1つの作品にしました。



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