帰還

犬山 翔太
 
 私は、月での勤務を終え、三年ぶりに地球へ戻ってきた。
 久しぶりに見る地球の景色は、ほとんど変わってない。地球は、私が渡月する頃、既に開発が最終段階にきていて、もはや新開発する場所はなくなっていた。新開発で大きな利益を得るには、地球の外に目を向けざるを得ない時代がやってきたのだった。

 そんな風潮に乗って、私の会社も月に進出し、私は、三年前に月へ転勤となった。
 とはいっても、月は、まだ開発途上で、学校や店、娯楽の整備は遅れている。
 そのため、私の妻と2人の子供は、一緒に月へ行くことを嫌がった。仕方なく私は、家族を地球に残して単身赴任することにした。月から地球への電話代も、まだ高額なので、家族との会話も必要最小限となり、月で友人ができたこともあって、地球の友人とも疎遠になっていった。そのため、久しぶりに地球の土を踏む気持ちは、浦島太郎に似たものがある。

 思えば、三年前、月へ行くにはアメリカの宇宙港を経由しなければならなかった。しかし、今は、成田から月への直行便が出ているので、飛躍的に便利になった。
 とはいえ、変わったところもあれば、変わらないところもある。降り立った成田では、昔の空港と同じように税関を通らねばならないからだ。海外旅行では銃器や覚せい剤、偽ブランド品などのチェックを行うため、厳密な荷物検査を通過しなければならないが、宇宙からの帰還でも、検査の内容は変わりない。
 私は、月で地球の重力や気圧に慣れる訓練をここ一か月ほどしてきたとはいえ、やはり旅の疲れや月と地球の時差や重力差によって、疲労が噴き出してくる。

 税関は、混んでいた。私は、たまたま数分で空いたところへうまく入り込み、検査を受けることになった。検査員は、私の記憶とはかけ離れて重装備である。不況が長引き、政局も混沌としており、治安が悪化しているのだろうか。
「このバッグの中には、銃や覚せい剤などの禁止物は入っていませんね」
「ええ、入っていません」
 もし入っていたとしても、素直に入っていると申告する者がいるのだろうか。宇宙船の中では、税関申告書を書かされたが、私のような善良な一般市民が禁止物を持ち込むはずがないので、ろくに読まずにサインしておいたほどだ。
「随分、荷物が入っているようですが、中身は何ですか?」
「着替用の服と土産物です」
「土産物はどのようなものですか?」
「月の名産品ですよ」
「具体的には?」
「いろいろありまして、一言では言えませんけどね。まあ、お菓子や飲み物、アクセサリーといった類いですよ」
「お菓子は、どういうものですか?」
 どうしてこんなに事細かく聞かれなければならないのだ。こちらは、長旅で疲れているのだ。この調子でやりとりしていたら、ここで何十分も、足止めを食らってしまう。私は、これ以上受け答えするのが面倒になっていた。
「もう中身をきっちり見て調べてください。土産物は、全部、家族へのものですから開けてもらっても構いません」
 私は、どうせ中まで開けて調べないだろうと思っていたが、私の言った通りにすべて中を開けて調べ始めたので、私は、面喰らった。しかし、自分が言ったことなので、今更、土産物の中身まで開けて調べるなとは言えない。
 検査員は、すべて調べ終わった後、ため息をつきながら口を開いた。
「困りますね。こんなに不正なものを日本に持ち込まれては」
「はあ?私の知る限りでは、不正なものは一つもないはずですが」
「あなたは、宇宙ネットで日本のニュースを見てないのですか」
「ええ。確かにあまりニュースは見ません。たまにスポーツの結果は気になることもありますが、その程度で」
「最近は、そんな人が多くて大変なんです。まず、煙草は、もう日本で全面禁止になってから二年たってますから。今や世界的にも認められているのは数カ国だけですよ。酒も一年前から禁止になりました。あなたは、そのどちらも所持している。本来なら逮捕と行きたいところですが、あなたのように宇宙出張で無知な人もいるため、宇宙からの帰還についてのみ三年間の猶予が与えられています。ですから、あなたは、今回は罪には問われず、所持品没収のみで済みますのでご安心ください」
 そんな法律ができていたなんて、何も知らなかった。短期間に政権交代が何度か起きているらしいことは知っていたが、その弊害で政権政党が扇動的な公約を行い、こんな法律ができてしまったのだろう。
「あとは、この栄養ドリンクとサプリメントも、最近、日本では発売禁止となっています。強い覚醒作用があるというのがその理由です。申し訳ありませんが持ち込むことはできませんので、これも没収させてもらいます」
「あとは大丈夫なんですね」
「ええ。あなたは、今の日本の状況があまり御存知ないようですので言っておきますが、パチンコやスロット、競馬、競艇などのギャンブルも法律で禁止になっていることくらいは知っておいた方がいいですよ」
 私は、日本へ戻って来たのが失敗だったような気がした。酒も煙草もギャンブルもない生活なんて、耐えられそうにない。

 そのとき、後ろの方で「大麻だ」という声がした。どうやら後ろで検査を受けていた男が大麻を所持していたらしい。
「大麻密輸とは、ひどい人もいるもんですね。大麻ならさぞかし、昔より重い罪になるんでしょうね」
 私の問いかけに、検査員は、蔑むような表情で答えた。
「大麻は、無罪ですよ。こちらは、酒や煙草より他人に及ぼす危害が少ないということもあって、法律の見直しによって一年前から全面的に輸入が解禁となりました。今ならコンビニでも買えますよ」
 開いた口がふさがらない私を見て、大声で笑った検査員の息からは大麻の香りが漂っていた。






(2010年2月作成)




犬山ノート:
 酒は、多くの犯罪の引き金になっていますし、多く摂取すれば健康に被害を及ぼします。また、煙草は、自らの健康を害するばかりか、他人の健康をも害してしまいます。でも、法律で禁止にならないのは、摂取が許可されてきた歴史と、企業の利害が絡み合ってるからでしょう。
 逆に、大麻は、酒や煙草に比べて、自他ともに被害を及ぼす影響も同等かそれ以下とさえ言われ、国によっても禁止や許可の範囲が大きく異なっています。日本では所持や栽培が禁じられています。
 そうやって考えていくと、人体に大きな害のあるものは、本来、国際的に統一された法律の整備が必要なのではないか、という提言も湧きあがってきます。


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