甘い罠

犬山 翔太
 
 イル星の宇宙船が地球を目指していた。
「おい、もうすぐだぞ」
 船長は、若い部下に向かって言った。
 乗組員は、この二人だけである。今回、イル星は、超快速宇宙船を開発して、宇宙中の星の調査に乗り出すことになった。それで、彼ら二人が地球担当になったのである。調査項目は、星の状態と生物の知能の高さである。星の数は、宇宙全体では数え切れぬほどあるので、生物の生息しない星なら一人で調査することになっている。地球は、生物が生息することが報告されていたため、二人で調査を担当していた。調査の結果によって友好関係を結ぶか、武力で制圧するかを決めるため、二人の義務は、重要だった。
 イル星の宇宙船は、地球に入る準備に入った。
「小型探知機で探査したところ、特に何も準備する必要がないことが判明しました。我々の呼吸に必要な窒素は豊富ですし、気候も温暖です。日光もそんなにきつくないし、重力もたいしたことありません。翻訳機さえあれば十分でしょう」
 若い部下の声が船内に響き渡った。

 地球に入ると、地球で最も知能が高い地球人という生物に見つからないように夜の地方に着陸することにした。地球人が凶暴な性格であることを恐れてである。二人は、海と陸の両方を調査するため、海岸に着陸した。そして、無事に地球に着いたことをイル星に伝えた。
 二人のイル人は、地球人そっくりの衣装を着て、地球人の肌にそっくりの手袋と覆面をして外に出た。これなら地球人にばれることはないと確信出来るほど、精巧に作られていた。
 二人は、調査対象にする地球人を探した。二人は、意外と簡単に地球人を見つけることができた。夜なので、海岸で地球人を見つけることは困難ではないかと心配していた二人も、ほっと一安心した。
 ちょうど地球人は、一人だった。地球人が武器も持たず、無防備なのを確かめて、船長は、こいつなら恐れる必要はないと判断して話しかけた。
「すみません。あなたは、この近くにお住みですか」
「はい、そうです。ちょっとウインドサーフィンの練習をしてたんです。それで、あなた方は?」
 地球人は、夜の海岸で見慣れぬ人から話しかけられたので驚いて言った。
「旅行をしているんですけど、泊まるところが見つからなくて」
 と船長は、苦しい言い訳をした。
「じゃあ、私の家に泊めてあげましょう。一人暮らしなので、私も暇ですから」
「それではお言葉に甘えて」
 襟首につけた翻訳機もうまく機能して、二人のイル人は、地球人の家に入り込むことができた。
「こんなに遅くまで宿泊先を探していたのだから、おなかがすいたでしょう。ちょっと待ってください。何か食べる物を探すから」
 若者は、そう言って白い箱の中からショートケーキという物を取り出した。そして、オレンジジュースという飲み物を作りに部屋を出て行った。

 その間、二人のイル人は、イル星への報告について話した。
「地球人は、なかなか優秀で、温厚な生物だぞ。これなら友好を結ぶに足りるな」
 船長は、そう小声で言った。
「その通りだと思います。彼らの文明は、宇宙の中でもなかなかハイレベルな方です。友好を結んで彼らの温厚さと知能の高さを利用しましょう」
 若者は、戻って来て、ぜひ食べてくださいとショートケーキとオレンジジュースを勧めた。
「ありがとうございます。では、ありがたく頂きます」
 イル人二人は、マニュアル通りの礼を言ってショートケーキを一口食べた後、激しく苦しみだした。若い部下は、声を絞り出して叫んだ。
「ぐはっ、何ですか、これは……」
 船長も、唇を震わせながら何とか声を出そうとする。
「こ、…これは、…我々の星で毒薬として知られる砂糖ではないか」
 二人は、苦しみを紛らわそうとオレンジジュースを飲んだ。
「うわあ、これにも砂糖が入っていたぞ。くそお、だまされたか……」
「軽率でしたね……。この恨みは、きっと……」

 各星の調査状況を点検していたイル星では、地球担当の調査員からの応答が途切れているのを知った。
「彼らほどの者が地球人に殺されたか。相当巧妙で、優秀な生物らしいな」
 宇宙調査部の部長は、気難しそうな顔をしてつぶやいた。
「これでは、攻めるのも友好を結ぶのも至難の業だな。幸い地球は、我々の星から遠く離れている。しばらくはこのまま放っておけばよいだろう」





(2009年12月作成)




犬山ノート:
 この作品は、私がショートショートを書き始めてすぐに出来たので、思い入れがあります。当時は、大学に入って2年目で、時間に余裕も出てきて、10代最後の年でもあったので、何か新しいことをやってみようという意欲がありました。
 高校時代には想像もしていなかった大学生活にカルチャーショックを受けていたこともあって、異文化への無知が生み出す誤解や偏見、油断を風刺しています。

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